桜下村塾(旧トキドキ日記)

僕の内なる桜の下に座っているカエルくんと語る、よもやま話ほかを綴っていきます。
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玄関そばの、

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風取り口。

あるいは避難口!?
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最寄り駅は、

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新潟のひとつ隣りの越後石山という駅です。
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新潟駅に到着

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9時50分すぎ、新幹線で新潟駅に到着。

これからPARC自由学校「コミュニティ・カフェを作ろう」クラスの一泊の研修プログラムが始まる。

このあとまずは「うちの実家」へ行く。

介護の仕事をやってきて、まちづくりの必要性を感じ、それから6年位かかって今こうした講座を受講するに至ったので、そのカリキュラムの中で、共に助け合う居場所として創られた「うちの実家」に来ていることが、ようやく手元にきたおっきいジグソーパズルのピースのような意味を持って来るように思う。
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放射線と私

人の体は

その90%が空間だという


電子は原子核の周りを

惑星のようにグルグルと回り

その外周までの空間を

原子はパーソナルスペースとしている


僕の体の細部では

電子はクルクル動き回り

そうしてまとめられた原子達が分子となり

また様々なまとまりが出来てアミノ酸となり

たんぱく質となり

組織となり

人体となっている


わたしという現象は

仮定された有機交流電燈の

ひとつの青い証明です

いかにも確かに灯り続ける

因果交流電燈の

ひとつの青い証明です


私の体は関係性の織物

放射線という名の

自由になった中性子たちは

プラスもマイナスも電荷を帯びていないゆえ

電子のマイナスにも

陽子のプラスにも影響されず

私の体を突き抜けて行く

私の織物を刺し抜けていく

はたまた90%の空間を抜けて行くのだろうか

その隙間を

飛んでくる中性子の大きさは通過できるのだろうか

少なくともこれまでは

放射してくる中性子に

人体は非常に小さく

破壊されている


人類は

非常に小さきものに襲われている

リトルピープル

陰でも陽でもない

自由を得た中性子は

シャドウとして

いったい何の統合を

求めているのか

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夏至の日のキャンドルナイトのように

闇の中でこそ、明かりそのものが見える。

普段は、明かりがベースにあってモノを見ているわけで、明かりそのものを意識しない。


闇、病み、止み、様々な「ヤミ」に立ち位置を移すことで、物事の本質が見やすくなってくる。


成長が止み、体が病み、認知が闇の中にあるように見えるお年寄りに寄り添うことで、やはり視界は分かりやすくなる。


お年寄りは自らの人生の中でその困難をどう解決するかと抗って、もがいているわけですが、その困難を与えているのは社会の側ではないか、と考えた時、僕たちの仕事はもっとわかりやすくなっていきます。単純にいうと、老いることすらままならないこの社会を変えていくところに僕たちの仕事の本質があるのでしょう。


上記の文章は3年前、定期購読していた介護冊子の中で、自分がアンダーラインを引いていた箇所。

それを読み返して、これもやっぱりシステム思考だなぁと思った次第。
社会と言っているのは、システムのこと。

病んだ個人を治そう、というよりも、病んだ個人に象徴されているシステムの問題を、換えていこうということ。


さて、「システムと事象」は「明かりとモノ」に似てないかな?

闇の中で明かりそのものが見えてくるように、システマチックな自らの活動を止みの中に置いてみよう。
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システム思考

なにか問題があったときに、「あなたが悪い」「あいつが悪い」「世間が悪い」「あの出来事のせいだ」と、人や個別の事象の責任に帰するのではなくて、「問題があるのはシステムだ。だから、たとえ人が変わっても、構造が同じなら同じ問題が起こる」と考える。人を責めるのではなく、問題をいろいろな要素の絡み合ったシステムとして考えます。その「構造=システム」自体を変えないと、いくら人を取り換えても、いくら人を非難しても、うまくいきません。
一つの問題も、いろいろな要素が関連しあっているシステムから起こっていますが、システムには、「ここを押せば動く」という、小さな力でも「てこ」を使うように、ぐっと大きなものを動かせるような点があります。それを探して、効果的にシステムを変え、問題をモトから断つための考え方です。


個人の心の中の、コンプレックス(感情で彩られた出来事の複合体)というのもここでいうシステムと同じだなぁとつくづく思った。

サイコセラピーでもその繋がりを、自由連想や催眠やインナーチャイルドワークやで紐解いていって、「ここを押せば動く」という点、あるいはどうしてそういう連鎖になっちゃったのかという、いわゆる分岐点に立ち、そうじゃない選択肢を今あらためて選択する、ということをします。


どちらにも共通なのが、この世界の事象を「いろいろな要素の絡み合ったシステムとして捉えること。」


つまり世界は「ものがたり」なんだ。


さて、このものがたりが、人間だけじゃなくて、この連鎖に参加している植物さんや虫さんや動物さんたちみんなにとって気持ちのいいものでありますように!
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風が吹けば桶屋が儲かる

風が吹く



砂ぼこりが舞う



砂ぼこりが目に入り、目を悪くする人が増える



目が悪くなると三味線を弾く人が増える(江戸時代は目の悪い人は三味線で生計を立てることが多かったそうです)



三味線を求める人が多くなると、三味線の皮に使うネコの皮が不足する



ネコをたくさんつかまえるようになる



ネコが減る



ネズミが増える



ネズミが家庭にある桶をかじる



桶を買う人が増える



桶屋が儲かる


これをジャバラ折りの冊子にしたい!(笑)

最初と最後だけの絵でも繋がっていて、ひとつひとつめくっていきながら、この壮大な連鎖をも紐解けるような、そんな冊子。

新しい漫画の形・・・


この話を思い出したのは、枝廣淳子さんのシステム思考の文章を読んでいる時でした。

(つづく)
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週末のお誘い

現在、目黒区美術館にて開催の「ものがたり展」に作品を出展中です。

明日からの週末、お暇なお時間ありましたら、どうぞ足を運んでいただけると嬉しいです。

詳細はこちらよりどうぞ

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5月の跳躍

今日は渋谷のアップリンクというミニシアターへ『幸せの経済学』を観に行きました。

上映ぎりぎりに着いたら、もうキャンセル待ちで30番。

席の追加や立ち見を入れて、直前の人で打ち止めとなってしまいました。

その後、もうひとつのスクリーンで一時間後に上映のあったフィンランド映画『100000年後の安全』を観ることにしました。

その映画は非常にクリアでクリエイティブな視点で原発のリスクを描いたドキュメンタリーでした。

最後はSFを観ているような気持ちがしてきて、あっもう自分は新しい世界を生きているんだ!っていうことを気づかされる映像でした。

帰りに受付で『いよいよローカルの時代〜ヘレナさんの「幸せの経済学」』というヘレナさんと辻信一さんの対談本を購入、パラパラっと読んでいて引っ掛かった文を引用します。


第三世界の人々が洗脳から脱けでるために、洗脳のプロセスを持ちこんだ欧米を憎めばよいかというと、けっしてそうではない。カルチャー・セラピーで重要なのは、たとえばアメリカの内部で何が起こっているのかを知らせること。アメリカの中にも心の病を抱えている人が多く、不幸せな人があふれている。その人たちの苦悩について語ることによって、社会の壁を越えたコミュニケーションが生まれる。そして、手を取りあって助けあいながら、この問題をいっしょに解決する道筋を考えていくことができる。(ヘレナ)


責めるべきなのは、隣でつくっているオーガニックの食べものよりも、地球の裏側でできた化学肥料をいっぱい使用した食べもののほうが、補助金のマジックによって安くなる、という馬鹿げたシステム。それを批判して変えていくことが大切です。(ヘレナ)
うん、そこがヘレナの思想のひとつの要点だと思う。ある問題を解決しようというときに、個人を責めたり、個人の悪意や陰謀のせいにしたりすることを、くり返し戒めているでしょ。知的エネルギーをそんなことで浪費するより、問題を引きおこしたシステムを見抜き、みんなで現実を変えていきましょうって。(辻)


以上2つの文章に共通するのは、問題と目される国やシステムを見抜いて、その苦しみを理解し、解決の道筋を見つけて現実を変えていきましょうということ。

目を開いてよく観よう。
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2036(4)

彼は漫画家でもあり、村長でもあった。

こうして夜な夜な、焚き火を囲んでは読書会を催したり、この自治区の歴史を語り継ぐ作品を生み出して共有したりしていた。

昼にはまた、田畑を耕す百姓にもなった。


火を中心にまあるくなった人の輪のそとに、様々な気配たちも感じられた。

彼は続けた。

「この力の闘技場へ加わるためには、私たちの民族は、みずからの内的な弱さと不安に対応して、その弱さと不安をいっきょに代償する精神の内燃装置を必要としていた。秘められた弱さと不安とのゆえに、かえって神経症的に持続する緊張と活動性とを生みだしてゆくような精神の装置。だが、そのためには、どんなに大きな飛躍と抑圧とが必要だったことだろう。伝統は、この課題にあわせて分割され、再編成されたのであった。」

彼は本から顔を上げ、森の奥の暗がりに視線を放った。

彼はつぶやいた、人々に、そして暗がりにいる気配たちに。
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